メンタル弱男の自己啓発

自分の性格が嫌いで、マイペースなくせに周囲の目ばかり気にして時折ゲボが出そうになるくらい思い悩むことがあるごく普通のメンタル貧弱一般男性が、自分と向き合いいつか自分を好きになるための自己啓発用ブログ。

一人の男 その1

リャマです。



僕の父は、寡黙で、愛情を人に伝わるかどうかくらいでじんわりとにじませています。
あとはマイペースで人の意見をふわっと受け流す人で、良くも悪くも奔放なところがある人です。
僕の母は、社交的で、几帳面で人の感情を必要以上に深読みしてしまう人です。人の目を気にしすぎて、自分の行動の成否を考え、勝手にストレスを抱えるとても繊細な人です。



僕には兄がいます。兄は父の奔放さと、母の社交的な部分を受け継いでいるので初対面の人ともすぐに打ち解け、自分の道は誰にも相談せずに決めることが多いです。
僕はというと、父の寡黙さと母の繊細さを受け継いでいるので、人見知りで人の目を気にするのでとても慎重かつ繊細です。
兄の性格が太陽なら、月といったところです。



そんな僕が出会った一人の男と、僕の感情が成長と共に凪いでいく話をしようかと思います。




僕が小2の頃に転校生の男の子、N君が同じクラスにやってきました。
N君はおちゃらけていて人当たりもよく、僕を含めてクラスのみんなとすぐに打ち解けました。とてもよく喋る、これまた僕とは反対の性格の男の子です。
加えて地頭がいいので、勉強はやればできるし(基本は勉強しない)、とても口が上手い人です。



ある日繊細な僕に事件が起きました。
給食の時間の話です。僕の横の席にはおしゃべりな女の子。前の席にはどこにでもいるクラスの中でもトップクラスのいたずら大好きな男の子。そしてその隣にはN君という席配置でした。
僕の前のいたずらっ子は牛乳のストローに米粒を詰めて飛ばして遊ぶという奇行に励み、隣の女の子とN君はそれを見て笑ったり、同調してふざけるという日々が何日か続きました。



そんないつもと変わらない給食の時間、やかましい3人に囲まれながら黙々と給食を食べていたのですが、ついにその雑音に耐えかね、僕にしては珍しく周囲の3人に向かって、「うるさい!」発したその瞬間、左前方から「うるさい!!」と飛んできました。
一瞬何が起きたかわからずその方向へ目をやると、女性の担任の先生が眉間にしわを寄せてこちらを睨んでいました。
それから一人ずつ名前を呼びその場に立たせていきましたが、なんと最後に僕の名前を呼びました。僕は3人の騒音が煩わしく「うるさい」と制したつもりだったのですが、先生がその後言ったのは、「そこの4人はいっつもうるさい!!」



「えぇ~~、、、、」




続く。

幼少期 その5

リャマです。



前回は小4の頃別のクラスになったAちゃんがBくんとラブラブになり勝手に失恋した話でした。




さて、平凡に嫉妬する日々を過ごし、例によって何もないまま6年生です。
この恋愛の話に関してオチを言うと。僕とAちゃんの間には何も起きません。ずっと恋愛じゃないんですこの話。僕の性格の話なんです。



5,6年生の頃はAちゃんと同じクラスでしたが同時にBくんとも同じクラスだったので、A,Bのいちゃつきを横目で見るという日々が続きましたが、僕は略奪愛的な事が出来る人間ではないので静観するしかありませんでした。たまに話せば日記にハッピーな感情をぶつけ、いちゃつきを見た日は自分の情けなさを悲観した日記を書くというメンヘラぶり。
自分でも怖いし気持ち悪いです。とても。



ただ後に気づいたのは、自分は他人を責めず、自分を責める性格だということです。
この状況であれば、恋敵であるBくんに一切の憎しみの感情が沸かず、自分のふがいなさに打ちひしがれる傾向にあるようです。この性格に関しては今でも変わらず、後にお付き合いする方には、ほんとに怒ることが無いとよく言われます。
このことに関してはまた別のエピソードと共にいつかお話しようかなと思いますが、何が言いたいかというと僕は、優しいのです。



飽くまでも持論です。
ネガティブ思考だから自分を責め、自分と向き合うことが非常に多いです。
僕の場合はあまり人に相談することなく自己解決することが多いのですが、その際とことん自分を追い込んだのちに、自分にできることは何かと解決策を模索します。今の自分ならこれくらいはできる、ここから始めてみようと、落ち込んだまま終わらず最終的に奮起します。何日も、場合によっては数か月考え込むこともありました。
じっくり考え目的をはっきりさせることで、外への突発的な感情が少なくなるのです。



時に人に相談することもありますが、相談相手は信頼している人で自分の味方になってくれる人です。肯定されたり自分の意見に合わせてくれる事が多くなると、自分が正しいと思い込んでしまうことが増え、いざというときには感情をそのままぶつけてしまうのではないかと思います。それも大事なことですが、時には律してくれる人がいて、例えばそれが自分であったとしても、それを聞き入れた上で改めて自分と向き合うことが大事かなと思います。



一気に話が変わりましたが、個人的な経験に基づいて綴らせて頂いております。
次回からはいかに穏やかに、感情的になることが少なくなっていったかを具体的に話そうかなと思います。




どうでしょうかこの着地の仕方、、、
文章書くのって難しいです非常に。今までの話なんだったの的な感じがムンムンです。
ただ性格というのは些細な事に影響を受けているという事をエピソードと共にお届けしてきたつもりなんですが、、精進します。



因みにですが、Aちゃんとは前述したとおり何も無く、中1くらいの頃に5年ほど続いた片思いの感情は自然消滅しました。きっと部活とかに夢中だったんでしょう。成人した時の同窓会会場が当時バイトしていた居酒屋だったのですが、バイト先の愉快な仲間たちにそそのかされ初恋から10年以上越しに告白して、ありがとうって言われました。
Aちゃんも含め僕にも深い感情があったわけでは無いので、それ以降は何もありません。




終わりになります。
ここまでありがとうございました。次回よりまた別の内容を綴っていこうと思いますので興味持って頂けると嬉しいです。



ではまた。

幼少期 その4

リャマです。



前回寡黙の道を究めし僕は、目下恋をしている状態で女子が苦手になってしまうというどうしようもない沼にはまってしまったのです。




それからというもの、同じクラスにも関わらず、Aちゃんと話す事自体とても珍しい事となり、話せた日はハッピー、話せない日はため息をつくという日々でした。そんな日が1年、2年と続き、、何の進展もないまま小学4年生になりました。本当に何も起きないのです。何故なら話さないから。その間にほかの女の子といい感じとかも一切ありません。一切モテません。バレンタインのようなイベントがあろうと何もありません。何故なら、話さないから。もう完全にただの女子が苦手な人です。



小4の時、Aちゃんとは違うクラスでした。学校内の噂というのは芸能界の噂と並ぶほどすぐに広く知れ渡るもので、AちゃんとBくん両想いらしいよという地獄のような噂が僕の耳に届けられました。僕が勝手に女子が苦手になってる間にAちゃんは同じクラスの男の子とロマンスの渦中にいたようです。



その当時僕の小学校はある記念の年だったので全校生徒に記念誌のようなものが配られました。そこには事前に撮影した全校生徒の笑顔の写真が数ページに渡りぎっしりと載せられ、各クラス毎の集合写真も載っていました。
ぼーっとその集合写真を眺めていると、ばっちりと、AちゃんとBくんが肩を寄せ合い笑顔で写っているのです。
小学4年生のあの頃。人生で初めての失恋の瞬間だったかもしれません。



当時僕はちょっとした日記をつけていたのですが、その頃の日記はおそらく僕の悲しみの言葉がだらだらと綴られていたことでしょう(ずいぶん昔にゴミとして焼却済み)。




いよいよ趣旨ががわからない内容になってきましたが、そもそもこの幼少期の話は僕の性格の基盤部分の掘り下げてく内容です。そんな話も次回辺りで最後かなと思いますので、お付き合いいただけると嬉しいです。



ではまた。